

郷津雅夫は1971年に渡米してニューヨークに住み、ダウンタウンの住人たちにカメラを向けた写真作品を制作し始めた。その後、空き家になってイースト・ヴィレッジの自宅の近くに放置された建物の窓枠を、その周囲の煉瓦や装飾物とともに切り出し、再構築(reconstruct)する彫刻/インスタレーション作品を制作するようになる。故郷の長野県白馬村に近い、安曇野市豊科近代美術館で開催された本展は、その彼の50年近いアーティストとしての軌跡を辿り直すものである。
これまでの郷津の展覧会は、写真家インスタレーションかのどちらかに限定されていることが多かった。定点観測的な手法を用いた「Window」(1971〜1989)、「Harry’s Bar」(1976〜79)、「264 BOWERY STREET」(1978〜79)などの初期の写真作品は、それぞれユニークな質感と厚みを備えた完成度の高い仕事である。だが、生々しい煉瓦の感触を活かした「窓」のインスタレーションと対比して見ることで、郷津がなぜこのようなシリーズを構想したのかが、強いリアリティをともなって伝わってきた。
もうひとつ、今回あらためて感じたのは、「Twin Towers」シリーズ(1971〜81)の凄みである。煉瓦を積み直した窓枠の作品を、ニューヨークのツイン・タワーが見える場所に据え、太陽、炎、波などの自然の要素を取り入れて撮影した、スケールの大きな写真作品である。郷津はツイン・タワーの2つの高層ビルを、「対立するもの」の象徴として捉えていたのだという。言うまでもなく「9・11」の同時発生テロで、ツイン・タワーは消失してしまうわけで、そう考えると、郷津はなんらかの予感を覚えてこの建物を被写体に選んだのではないだろうか。この作品に写っているツイン・タワーは、あたかも墓石のようにも見えてくる。
2018/5/24(日)(飯沢耕太郎)
「artscape」 2018/8/1号
「窓」に映る時間と自己 6月3日まで郷津雅夫さん(白馬村出身)個展 豊科近美
安曇野市豊科近代美術館で6月3日まで個展を開いている、白馬村出身の芸術家・郷津雅夫さ
ん(71)=米国ニューヨーク。「窓はビルの目。いつも自分がどこにいるか、いつも考えている。そこに残るのは時間」ーー。海外で異邦人として表現の場に独り挑む姿勢で、人々に自分を重ね、自身を見つめ続けた瞬間が、作品に刻まれている。
「窓」をはじめとした初期の代表作は、定点に構えたカメラでダウンタウンの窓に映る人々の姿をフィルムに収めた。「自分自身が反映しているものを被写体に選んでいる」と郷津さん。移りゆく時間を切り取り、その瞬間を積み重ねることで、被写体との関係が繋がっていく。
80年代以降は取り壊された建物から窓を壁のレンガごと切り離し、オブジェとして作品化したり、再構成して撮影する。その感性は、作品が立体になっても変わらない。今も海外での評価は高い。
旧北城小学校、白馬中学校での同級生の太田治生さん、松嶋敏明さん、峯村千津子さんは、昨年秋にニューヨーク郊外のアトリエを訪ね、出品の準備を手伝った。国内でも同級生として個展の成功に協力している。
松嶋さんは当時のクラスの雰囲気を「一緒にいたずらができる仲間。学校もあまり勉強しなかったが、それぞれ個性を大事にしてくれた」と話す。郷津さんの渡米に、「片道のチケットでブルックリンに行ったと聞く。成功しなければ帰れないと言う覚悟があったのでは」と推察する。
太田さんは「犬や鳥など、動物と仲が良かった。父が花畑をやっていて、一緒に遊んだ記憶がある。自然に対する興味があったと思う」と思い返す。
彼の作品について「内から外を見るあこがれや、外から暗い中を見る恐れなど、内と外の感覚を捉えている印象でした。衝撃を受けました」と評していた。
小鳥のエピソードは郷津さんも覚えていた。「あまりできのいい子供ではなかった。小鳥ばかりかまっていたら、クラスで流行してしまい、ピーピーとうるさかった」と懐かしむ。
作品のルーツには白馬の風景の影響も。「感性やシャープな表現。思い切ったことができるのは、厳しいところで生まれ育ったことがあるのではないか。ふるさとは遠くに思え、体の中にある。ここでの風景を大事にしている」と語る。ふるさとでの展覧会の実現に、「友人たちがヘルプしてくれたおかげ。年を取って自由にしている自分へのあこがれもあるのかな」と照れながらも感謝を示す。(2018/5/29 大糸タイムス)
心揺さぶられる写真展
今日は、自分の創作から少し離れて、安曇野にある豊科美術館に、「郷津雅夫 展」を観にいってきました。
最初の部屋に入った途端に泣けてきて。うろ覚えなのだけれど、作家の言葉に書いてあった、“民族的、宗教的、思想的な激しい感情”のためなのか。
貿易センタービルを囲むように、いくつかのロケ地で撮られた写真たち。廃ビルの窓だけを、原っぱや川に置いて貿易センタービルと共に撮影されています。
今となっては、あの日を思い出さずにいられないけれど、そうじゃなくて。
窓は、分断とも繋がれる、とも捉えられる。本当はひとつだったあちら側とこちら側が分断されたり、隔絶されていると思われたものが繋がれたり。
この最初の部屋に、かなり長い時間いました。
重めなテーマを感じさせる部屋からはじまって、最後、愛情を感じる写真群で終了してくれて、よかった。
でも全体を通して、世界を暖かな目線で見つめていらっしゃるのだと思いました。だから、重いテーマでも、決してしんどくなるようなものじゃなくて。
諸行無常でも、絶望なんてしないのよね。と思いました。
時の流れは、残酷とも捉えられるけれど、暖かいものでも、あるんじゃないかなぁ。
その中に、繋がりを感じていれば。
その感覚を強く感じていたい。
私はいつかチリヂリになって、粒子になって、この世界に拡散するのよ。
それは、悲しいことではなくて、それはむしろ、素敵なこと。
あの写真に写る人々が、微笑んでいるといいな。
