
ニューヨーク通信17 小久保 彰
郷津雅夫さんはニューヨーク写真界で、日本人写真家として活躍しているシリアス・フォトグラファーのひとりだ。彼の所属する画廊OKハリスはハイパー・リアリズムの牙城として知られ、世界の最前衛を突っ走るアート・ギャラリーである。郷津さんにデビューまでの苦心、ニューヨーク写真界の状況などを語ってもらった。
ーーニューヨークに住んで何年になるの?
郷津 ちょうど10年。1971年にブルックリン美術館アート・スクールが奨学金をくれるというので、絵を描きたいというよりも、なんの目的もなく、ぶらっとニューヨークにきました。2、3年絵をやってみたのですが、どうもピンとこない。それで写真を始めたわけです。
ーー最近写真集を出されましたが、あれは自費出版ですか。あのシリーズはOKハリス・ギャラリーで発表したものですね。
郷津 ええ、自費出版です。基本的にはOKハリスで発表した作品ですけど、展示しきれなかったものも写真集には入っています。あのシリーズを作るのに約6年かかりました。
ーーこのOKハリスの「窓」シリーズが初めての発表なの?
郷津 そうです。ぼくはニューヨークにやってきて、ずいぶんたくさんの画廊を見ましたが、この画廊はなにか確固としたポリシーを持っているな、と思わせたところでした。
ーーいまでこそニューヨークのソーホーは画廊が軒をつらねるアーチストの街だけど、OKハリスは70年代初めに最初にこの地に画廊を開いた店ですね。初めのころはコンセプチュアル・アートが多く、それ以降ハイパー・リアリズムの牙城になっている。噂では、この画廊にトライして一発で個展が決まったというけど、本当ですか。だとしたらラッキーですね。
郷津 そうなんです。オーナーのミスター・カープにもそう言われました。
飾り付けに一週間かける
ーー電話でアポイントメントをとって出かけたんですか。
郷津 そうじゃないんです。かなり写真がたまったので発表したいと思って、それで日曜、月曜は画廊は休みでしょう。休みあけをねらい、訪れる人が少ない火曜日の午前中にポートフォリオを持って出かけたら、うまい具合にミスター・カープが見てくれたんです。そして「こんな展覧会をやりたかったんだ」と言ってくれたんです。
ーー日本の写真家のなかにも、ニューヨークの画廊で写真を発表したい人がかなりたくさんいると思うので具体的に聞きますけど、どのくらいの数を持参したんですか。
郷津 百点ぐらいです。ぼくの作品はシリーズですから、8×10の写真を本のような形式にして見せたんです。それからミスター・カープや画廊の様子については、アメリカ人の友人のアーチストにあらかじめ聞いておきました。
ーーもう、そのころは写真の個展も始めていた? それから写真だけを扱う画廊にトライせずに、OKハリスに持ち込んだのはなぜですか。
郷津 すでにOKハリスには写真家がメンバーとして数人いました。たしかにライトとかウィットキンといった写真の画廊はありますね。でも、ぼくの作品は引伸しのテクニックなんかも悪いからこの種の画廊には入れないと考えていたし、根本的にこれまでの写真とは違ったものを追求したいと思っていたので、OKハリスの写真展がいちばんピンときました。
ーーそれから個展開催までどのくらい待ったの? そしてどのような経緯で発表までこぎつけたのですか。
郷津 二年間スケジュールがいっぱいだからと言われましたが、でも一年半後にスケジュールがとれて個展ができました。個展の時の作品の大きさは16×20インチ総数28点、ディレクターは「小さい方が売れるからなるべく小さくしてくれ」と言ったけど、ミスター・カープは「どうせ君の作品は売れないから、自分の好きなサイズで発表しなさい」と言ってくれました。
写真の選択については、まずぼくが約40点選んで16×20に伸ばした作品を会場に並べ、そのなかからミスター・カープが28点選りわけて出品作品を決定しました。やはり、確かな目をもっていますね。ショーは三週間、ショーとショーの間に一週間休みますが、その一週間を飾り付けに使います。その後、東京で個展をしたのですが、東京では飾り付けの時間もあまりないし、会期は一週間でなにしろすべてに回転が速いのにびっくりしました。
ーーその点、ニューヨークは恵まれていますね。この差は、ニューヨークと東京の写真の本質的な相違となって現れているのじゃないかな?
郷津 なにか、その差が全部に現れている。特に作品に現れているみたい。こちらでは皆、三年四年、なかには十年間もバカみたいに時間をかけて制作しているのに、日本ではどんどん作品を発表してサブジェクトを変えていく。これは作品の質にも関係してくるでしょう。もっとも、こちらにいるから感じることなんだけれど。
ーー確かに日本の写真を発表するサイクルは速い。こちらで制作している日本人写真家を数人知っているけれど、皆一様に言うのは、こちらではひとつのテーマを三年はかけて制作しているのに、一カ月単位で思いつきだけで写真を発表している日本の写真界を見るとあせってしまう、って。
郷津 ニューヨークにいると居直っているけれど、日本に行くとそれを感じますね。でも、ぼくはこちらの方が好きです。やろうとしている“力の写真”はこちらでないとできないと思うんです。
ーーところで、次回のショーは決まったの?
郷津 OKハリスの場合は、作家がショーができるだけの作品がたまった時、ミスター・カープが見てスケジュールを決めるんです。もちろん、作品が悪ければショーは見合わせられてしまうけど。ぼくの場合は仕事が完成したのを見せて、83年秋にショーが決定しました。
年間五千人が写真を持ち込む
ーーいまOKハリスには、写真家はメンバーのなかに何人ぐらいいますか。
郷津 よくわからないんです。というのは、オーナーと作家の縦のつながりだけで、作家同士のつながりはまったくないんです。OKハリスは画廊を四室持っていて、メンバーは約二百人いるんですが、画廊でクリスマス・パーティーなんてことはしないから、親睦の機会はないわけ。画廊側はビジネスだからその方が都合がいいんでしょうね。この二百人のメンバーのなかに、新メンバーが毎年2、3人加わるわけで、これはミスター・カープ一流のハッタリでしょうけど、新メンバーになってショーをしたい者が、年間五千人も作品を店にくると言ってました。
ーー君はその五千人の狭き門を突破したわけだ。このあたりで来年の個展の作品について聞きたいな。一回目はマンハッタンの裏窓を撮ったシリーズでしたが、こんどは?
郷津 六年間バワリー通りの一軒のバーの窓を撮り続けたものです。このバーが一年ちょっと前につぶれて、いまは金物屋の倉庫になっているんですが、この撮り続けてきた現場の窓を一緒に会場に展示したいと計画しているんです。ところが、金物屋のおやじニコ の窓をそっくり売ってくれとたのんでいるのですが、おやじはぼくのことをクレージーだっていって、窓を売ってくれないので困っているところです(笑い)
ーーいわゆるシークエンスですね。日本では定点写真といういい言葉があるけれど、現物の窓を同時に展示するのはどんな意味があるんですか。
郷津 いつも“見る”ことに基本をおいているんですけど、結局写真は見ることのアナロジーだと思うんです。特にアメリカにいると言葉のハンディもあってワンクッションおかれているから、言葉で他人とコミュニケーションするというよりも、一方的に見ることが多いわけでしょう。見ることは充実感、つまりエクスタシーがあるわけです。ぼくの場合は、その結果である写真を発表して、他人と接触するわけです。物を見るという行為、それを写真と現物の窓をもってくることで分かってもらいたいわけです。
新しい傾向の写真で、ネコとか金魚を作って実際の人間と一緒に撮っているサンデー・スカグランドといった一連の写真家がいますね。ぼくも人間の手を作って木につるしたりした写真を撮ったこともあって、あの種の写真は肌で分かるんだけど、いまのぼくはイメージを作るんじゃなくて、ギリギリ物に近づきたいと
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